ブルースも歌謡曲もパンクも飲み込んだ時代の申し子の軌跡「RCサクセション/KING OF BEST」

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いま現在、日本でロックと言われるスタイルも細かく分けていくと幾つかの源流のようなものに行きつきます。特に80年代のバンドブームに多大な影響を及ぼし、日本語としてのロックの文法を確立したといっても過言ではないRCサクセション。その活動の軌跡を追う事の出来るベスト盤をご紹介します。


KING OF ROCKとも言われた清志郎が在籍していたバンド


忌野清志郎という人は非常に自然体で且つ気がついたらあらゆるサウンドをものにしていた人と言う気がします。デビュー当時はフォークのスタイルを取り、高い評価を得ながらもなかなか売り上げに結びつかず不遇の時を送っていたと言われています。


それが、ロックバンドのスタイルに転向しながらライブを重ねるうちにジワジワと人気を獲得、歌謡曲からニューミュージックに潮流が流れ出していた80年代の前後にかけて日本のロックシーンの中心にはRCがいたと行っても過言ではないかもしれません。


もともとフォーク出身なので日常的な世界を基にしたり、そこに時に社会風刺性を混ぜたりするのはお手のものでした。そのスタイルは井上陽水や盟友である泉谷しげるにも通じるものがありまた特に清志郎は性質に天然の魅力のようなものがあり、ソウルやブルースを歌い上げるのに非常に相性にいい声を持っていたと思います。


リズム感も非常に高かった。なので矢沢栄吉のようにバラードを情感たっぷりに歌い上げることもできれば桑田圭佑のように下世話にはっちゃけた歌を歌う事も出来る。


そして、ヤンチャで純粋な少年のような佇まいもあり、そのステージングは後のブルーハーツのヒロトにも通じるものがありました。


清志郎とギタリストのCHABOが並び立つ ステージは布袋・氷室と並ぶ80年代のロックアイコンになっていたのではと思います。


RCの終わりと貫かれた創作姿勢


そして、活動も終期に差し掛かった頃に起きた「カバーズ事件」による覆面バンド、タイマーズによる一連の講義活動や契機になった楽曲の原発批判などは、皮肉なことに清志郎逝去後に大きな社会問題として認識されることになりました。


そのような、シニカルな社会批評性を持ちながらも決してそれをシリアスに表現しない、どこか洒落っ気を交えていた事もこの方の気質やスタンスを表現していたのだなぁと思います。


2009年に忌野清志郎は逝去しましたが、そのあたりを境に本格的に日本と言う国は表面上を取り繕いながらも下り坂の時代に突入していった気がします。ちょうどリーマンショック・政権交代・震災・GDPが3位に後退という時期を跨いでいた頃でした。


いま、忌野清志郎が存命だったら、どんな言葉を発して、どんな曲を歌っていたのか。世の中の空気を非常に感じる事に長けていた方だと思うのでそんな、もしも…を思ってしまったりもします。


初期・中期・後期の代表曲がバランス良く並ぶ


そんな忌野清志郎がメインボーカルを務め、80年代のロックシーンを黎明期から牽引していったRCの新しめのベスト盤が本作です。

フォーク期の名曲「僕の好きな先生」「宝くじは買わない」
ロック転向期のスタンダードナンバー「雨上がりの夜空に」「スローバラード」
ある種の国産ロックスタイルの原型とも言える「トランジスタラジオ」「ドカドカうるさいR&Rバンド」
カバーズ事件が絡む風刺に絡んだ「サマータイム・ブルース」など

実に多様な表現を飲み込み、尚且つロックにとって重要な「自由である事」を本気で追及していたバンドだったと思います。

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