アメリカを代表するモダンホラー作家の大作
ショーシャンクの空に、グリーンマイル、スタンドバイミー…など名作と言われる洋画の原作を幾つも書いているアメリカを代表する作家スティーブン・キング。しかし彼の本来の作風はモダン・ホラーなのですよね。現代のアメリカを舞台にした小説の中でも、質・内容・テーマ性ともに実に読み応えがあったのが、これもまた幾度か映画化もされている本作「IT」なのでした。
いわゆる現在を舞台にしたホラー作品の数々で、1つの街が徐々に吸血鬼に侵食される恐怖を描いた「呪われた町」やベストセラー作家がファンである女性に監禁される恐怖を描いた「ミザリー」閉ざされた雪山という閉鎖的空間での恐怖を描いた「シャイニング」などホラー作品でも劇場化された作品は数多く、日本のエンタメやサブカル界隈にも大きな影響やインスピレーションを与えていった作家だと思います。
アメリカ人の普遍的なニーズに刺さるキングの魅力
彼の作風はアメリカ人の、それも都会だけでなく地方に住む人間に共感しやすい古き良き時代(50年代や60年代)のノスタルジーやスモールタウンものと呼ばれる1つの架空の町を年表レベルで作り込み住人1人1人を丁寧に描き分ける所にもあるのではないかと思います。
そして日本人が八つ墓村に感じるような土着的なムラ社会の恐怖、あるいは女幽霊ものに民族的に共通した恐怖を感じるように、原住民が住んでいた土地の呪いや魔女狩りなど、アメリカ人が伝統的に恐怖を感じるものに精通している所が大きい。
そして、そこに家族だったり父親だったり、機能不全的になっているそれらの復権をテーマに掲げて、やや文学的な要素を混ぜてくるのも特徴なのではないでしょうか。ただそれらが非常に重苦しく、分かりやすい感動として通俗的に描かれないのが現代的。
結果的に本作「IT」はそんなスティーブン・キングの魅力が全部入りしています。大作と言っても文庫本5冊ほど。スケールの大きさが無駄なくまとめられている分量です。もう中年になってしまい中には地元を離れてしまったものもいる少年時代の「はみ出し者」グループの仲間たち。
彼らが少年時代に何十年周期で復活し街の住人を密かに殺害していく謎の存在と対峙し、そして中年の時代に再び復活したペニーワイズを完全に消滅させるため再び街に集うという流れ。これは日本では20世紀少年などがこの2つの時代を交差したスタイルを拝借しています。
様々なモチーフやテーマが凝縮されている
ペニーワイズの正体はなんなのか、少年時代の彼らはそれををどう消滅させたのか…これらの内容で気を引きつつ中年になり現実的な問題に直面する彼らの悩みや少年時代の(スタンドバイミーにも通じるような)ノスタルジックな描写、やはり主人公たちの住む架空の町が非常に細かく作り込まれ描写されている事、そして各々が家庭環境に何かしらの重さを抱えている事、
ホラーとしての描写は姿・形を変えるペニー・ワイズが伝統的な恐怖映画の住人に次々姿を変えてくるも普段はアメリカの子供が一番怖がるピエロの格好をしている点などなど…多くの人たちに共感しやすい、普遍的なテーマや根源的な恐怖の題材が散りばめられています。
こころの力
そして大きなテーマの1つがこころの力であるのではないかと思います。それは例えば使うものの「こころの強さ」を試す、かの「ロードオブザリング」の「指輪の力」にも通じるもの。
80年代の日本のホラーやSFもの…伊丹重三が手掛けたスウィ―トホーム。本作を始めとしたスティーブン・キングのオマージュもふんだんに溢れた糸井重里が手掛けたアメリカンな世界が舞台のRPG「MOTHER」にも同様のテーマが見られます。
恐怖もまたこころのありようによって変わり、ペニーワイズが強力な力を奮うのも伝統的な恐怖映画の住人の姿に変わるのも、主人公たちの持つ、あるいはアメリカ人が持つ普遍的で集合的無意識的な「恐怖の心」を媒介にしている所があるため。
テーマを突き詰めるとSFやRPG的なものにも行きついていく訳ですね。また彼らの少年時代に直面する恐怖や相反するノスタルジックな街の描写は児童文学的な味わいもあり、読書の面白さをふんだんに思い出させてもくれます。
そんな数々の現代エンターテイメント的な魅力、モチーフの数々が、充分な質・量を伴ってホラー作品と言う体裁でパッケージされた本作。まさにアメリカを代表するベストセラー作家の渾身の1作だと言えるでしょう。
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