著名なアニメクリエイターの中でも際立った個性を持つ押井守
富野由悠季、宮崎駿、庵野秀明、新海誠、細田守…有名アニメクリエイターと呼ばれる巨匠たちはたくさんいますが、その中で個人的に最も強く影響を受けたのが押井守なのです。
もともとテレビアニメ版の「うる星やつら」の監督を手掛けたあたりから注目されて、劇場版のうる星やつらの2作目「ビューティフルドリーマー」の異色な内容や元祖OVAと言われる「ダロス」やその難解さが物議を醸した「天使の卵」で大きな注目を集め。
その後、OVA・コミック・CD・劇場版と複数のメディアを跨いで展開するメディアミックスの先駆けとなったシリーズとしてこのパトレイバーのシリーズに大きく関わり、劇場版の2作を挟んで、その後は世界的に大きなインパクトを与え「AKIRA」と並んでハリウッドの映像演出に大きな影響を与えた最初の劇場版「攻殻機動隊 GHOST IN THE HSLL」を手掛け国際的にも注目を集めるようになります。
以後はコンピューターと人間の関り、自己と言うアイデンティティの所在、現実と虚構をテーマにしたやや難解な作品がつづき商業的には落ち着いていきつつもコアなファンはしっかり抱えながら、近年は映像の新作は途絶えた状態になっています。
現在でも尚色褪せない、押井イズムとは
特に劇場版機動警察パトレイバー2が示した、現在のアニメ業界の1つの基盤となったとも言われる斬新なレイアウトと、テロリストとの戦いを日本の都市内で緻密な描写とともに描いた作風は、押井守が移籍した以後のアニメ制作会社「PRODACTION IG」の一つの形ともなった感があり。
テレビシリーズとして展開しながら劇場版にも発展し、シリーズが何作も続く2000年代の「攻殻機動隊STAND ALONE CMPLEX」シリーズや2010年代の「PSYCHO-PASSサイコパス」シリーズなど、ロングランの人気シリーズを産み出した元にもなっていると思います。
しかし、それらヴィジュアルや設定が斬新だったのは勿論ですが、やはり大きな魅力になっているのは(それらの作品にもしっかりそのテーマは引き継がれているのですが)変化していく世の中にあって、自分のアイデンティティの依り代はどこにあるのか(攻殻機動隊なら義体に宿るゴーストサイコパスなら犯罪係数で図られない特異体質や個人の意思など)
そして、現実と虚構(コンピューターによって示されるユートピアのような理想郷と、淡々と同じ日常がつづく現実)の対比。特にアニメ業界ではどうしてもキャラクターの個性や戦闘シーンの派手さストーリーの筋書きに着目される事が多いと思うのですが、実写映画にも非類する情景描写とリンクさせた心理描写の積み重ね、作品個別のテーマを打ち出しながら一貫した自身の作風を貫いているのが非常にツボなのです。
次第に変化していきつつも一貫されていたテーマ
その個性の素は大きな注目を浴びた最初の作品「うる星やつら2ビューティフルドリーマー」に行きつきます。戦後の平和な日常がつづく中で虚構として立ち上がってきたラブコメ空間と多彩なキャラが溢れたうる星やつらの世界。
年も取らず、キャラクターの関係性も大きく変わらないその世界の虚構を学園祭前日が延々とつづくというシチュエーションを展開(現在のループモノの基にもなったと言われています)に絡め、登場キャラクターたちがその虚構性に気づくという非常に尖った作風になっていたのでした。
その後はコンピューターが描くネット世界という虚構と現実の対比がテーマになりつつ最終作ともなった「スカイクロラ」ではショービジネスとして戦争を繰り返すループの社会で思春期から年を取らない主人公たちの葛藤がテーマになっているのですが繰り返しの日常の中にどう変化を見出すか、という主人公の独白が非常に象徴的。
もともと「ウィザードリィ」など成長と育成とキャラクターメイキング以外は全てプレイヤーの創造にお任せする黎明期のRPGを、大いに気に入っていた押井監督らしい結論に収まっていたと思います。
色々と刺激や変化を纏っていっても、あるいは世の中に大きな変化が訪れても後に残るのはシンプルな骨組みのような土台、延々とつづく繰り返しと些細な変化の中に幸せや楽しみがあるそれにどれだけ気づけるのか感じられるのか…というような。独特の無常観(諦観)と希望のようなものが入り混じっているんですね。
最も押井イズムが魅力的に描かれていた劇場1作目
そんな押井作品に中にあっても特にこの劇場版のパトレイバーは非常に魅力的だったと思います。伝えたいテーマと、エンタメの比率がバランスよく、その作家性の魅力も非常に伝わりやすい。
登場キャラたちはうる星やつらとは違う社会人、しかし個性的な面々や東京の下町と融和したような特車2課の日常はその延長にあるもので、コンピューターの発達と機械工学の進化でロボットのような作業足歩行ロボが当たり前になった日本でそれを用いた犯罪に立ち向かう警察機構に所属する主人公たちの話ですが(なのでガンダム以降のリアルロボットアニメの系譜に当てはまる作品でもあります)問題児だらけが集う、埋め立て地のはみ出し刑事たちの物語でもあり
劇場版では現場とキャリアの対立的な構図もあって、かの「踊る大走査線」の大いなる元ネタになったとも言われています。劇場版1作目は戦後40年の発展が行きついたバブルの真っただ中に公開され、コンピューターウィルスに伴うレイバーの暴走で東京壊滅の危機に陥るというリアルなシミュレートの基にサスペンス的な面白さ、ロボットアクションもふんだんに盛り込まれていました。
舞台も夏の盛り。一方で犯罪者側である帆場暎一は物語開始時点ではなくなっており、どんどん再開発が進み(しかも当時は現実でもバブル真っただ中)古い町並みが日増しに変化していく東京と言う街の虚構性を皮肉っていた節があり、それを巡る都市論のような掛け合いがまさに押井イズム。
天空の城ラピュタにも匹敵する(と思っている)場面転換の巧みさと密度の濃さを誇る作品だったと思います。
今の時代に通じるムードを完璧に描いた2作目
そして、バブルが明確にはじけ失われた30年の始まりの時期とも言える93年に公開されたパトレイバー2では後のオウムによるテロやコロナによる戒厳令下の非日常を予言していたかのように元自衛官による都市型テロが展開され、真冬の雪の降りしきる東京を舞台に既に数年前にバラバラになっていた元特車2課の面々が集まると言う展開。
1作目とは打って変わって、淡々とした日常や現実をどこか受け入れている主人公達、独白のようなセリフで紡がれる静的なムード、普通の日常の中に自衛隊の戦車がまぎれるという異質な構図。前述したようなテロとの対決や斬新なレイアウトが後のプロダクションIGの一つの作風となったターニングポイントの作品とも言え、レイアウト的にも本作以前・以後と別れるくらいの斬新さを持ちますが、作者の思想が前作よりだいぶ前に出てきている分、エンタメ的には後退している面もあります。
しかし、戦後の核の傘に守られて変わらない日常をつづける日本への皮肉や限界を示したまさにリアルな虚構への挑戦とも言える作品になっており、作風やレイアウトだけでなくそのテーマ自体が失われた30年以降の平成日本を象徴しているような作品だったとも言えます。
色んな意味で1作目と2作目は時代性もテーマも根っこでは共通のモノをもちながら綺麗な対比になっており自分の中では良作合わせて金字塔的な作品になっています。コアなファンもかなりの数に昇り、メディアが新しくなる度に延々とリマスターがつづいている作品でもあります。
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