90年代は国内のCDバブルが頂点を迎え、セールスは鰻登り、それに伴いリスナーも次第に先鋭化しかつてないほど洋楽化や多様化が進んだ時代でもあったと思います。そんな90年代に合って自作で作詞・作曲を行うシンガーソングライターの名盤は何か…という問いの個人的な1つの回答が今回紹介するアルバムです。
雑多でカオスな90年代末に現れた「新宿系自作自演屋」
平成を代表する歌姫、椎名林檎。椎名林檎デビュー当時はCDバブル絶頂期。宇多田ヒカルのデビューアルバムが邦楽最高の700万枚を売り上げていた頃です。
この時期は、女性シンガーソングライターも数多く、UAやCHARA,COCCO,aikoなど個性派なシンガーソングライターやソロミュージシャンが相次いでデビュー、または注目を浴びていた時期でもありました。そんな中でも一際存在感が高かったのが椎名林檎でした。
昭和歌謡を思わせるこぶしを利かせたような歌い回し、強弱の強い曲調に自意識強めで感度の高い歌詞が乗り、サウンドは実はゴリゴリの洋楽テイスト、90年代を圧席したオルタナ・グランジに連なる音でした。これには当時のプロデュ―サーの亀田誠治のセンスも大いに働いていたでしょうが
ロックの街福岡の出身で、ナンバーガールなどとも親交があったという彼女自身の出自も大いに関わっていた事でしょう。
J-POP全盛時代に歌謡曲回帰そしてシンガーソングライターの再評価を起こす
その後、豪華布陣なメンバーで構成されたバンド、東京事変のフロントマンを経て再びソロに転向するなど精力的に活動していますが、その後の音楽活動のルーツでもある、どこか歌謡曲調のサウンドに毎回テーマとなるコンセプトを課していくルーツが既にこのデビューアルバムで形作られています。
特に歌舞伎町の女王の歌詞やインパクトは当時強烈なものがあり、そのエキセントリックな歌詞と1人の女性の数奇な半生と栄華を綴った歌詞は、ある程度のヒットの型にはまったJ-POPが氾濫していた当時に70年代以前のシンガーソングライターの時代や昭和歌謡を強烈に回顧させるようなインパクトがありました。
同時期の登場し、後に親交も深める宇多田ヒカルがそれまでなかったほどにネイティブな「洋楽」を感じさせたのに対して、逆に伝統的な日本の歌謡曲をまったく新しい感性でアプローチしたのが椎名林檎だったと言えるかもしれません。

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