いまでこそロングランなシリーズとなっている平成ライダーですが、シリーズが続くごとにスポンサーの意向が増え、路線も変化していく中で次第にマンネリ化も避けられないものになっていきます。そん中でも比較的自由でハードな展開が出来ていたのが初期平成ライダーの時期で、この時期の作風を愛好しているファンもまた多いと思っています。そんな初期平成ライダーのエッセンスが濃厚に詰まった一作が「仮面ライダー555」でした。
シリアスでドラマ重視だった初期平成ライダーの中でも特別な人気を誇る作品
ガンダムSEEDの劇場版新作が登場し、20年ぶりの新作と話題になる中で同時期に放映されていた平成仮面ライダー、仮面ライダー555の新作も劇場公開されました。
自分の知る限り、放映時期から時間をおいて続編が撮られた平成以降の仮面ライダーは
龍騎、電王、ディケイド、オーズ、W(スピンオフ)だったと思いますが、555は仮面ライダードライブのビデオ映画内のゲストライダー達の中で本筋に食い込むほどストーリー
に関わっていたり
仮面ライダージオウという平成仮面ライダーがゲスト出演する集大成的作品でも当時のキャストが揃う作品の1つとなり、こちらも本編や前出のビデオ映画とはまた違ったアナザーストーリーの解釈を展開しました。
平成ライダー内でもランキングを取ると色んな意味でエポックメイキングだった1作目のクウガやそれ以後の作風の変化のターニングポイントとなり佐藤健の出世作となった電王と並んで名前が頻繁にあが初期のシリアスの作風が多かった作品の中でも龍騎と並んで一際ダークな作品と言われる555。
これまでもそうした続編的な内容がスピンオフなどで作られたきた経緯もありキャストも比較的仲が良く、現在も芸能界で俳優を続けている方が多い作品なのも大きいのでしょうが特別な人気を誇る作品と言ってもよいかと思います。その魅力とはなんなのか。
初期平成ライダーが各々にもつ個性的な要素が絶妙にブレンドされた作風
まず敵側である怪人も人間と同じような考えを持ち悩む描写がある(そもそも基本人間体として生活しているこの怪人側の事情を本作ほど徹底して描いたのは未だにシリーズでは本作のみ。
このリアルな人間ドラマを描こうという流れは平成ライダー1作目仮面ライダークウガの流れにありその怪人側とそれを支配し利用しようとする大企業スマートブレイン側に主人公達という3つの構図をそれぞれ描く群像劇的な見せ方は同じ井上俊樹脚本の平成ライダー2作目「仮面ライダーアギト」に通じます。
本作のベルトはライダーに慣れる因子を持っているものなら誰でも変身できるという設定の為、それを巡ってのライダー同士のバトルも度々起こり、各々が各々の信念を持って対立するダークなドラマも見どころ、これは仮面ライダー同士が己の願い(欲望)を叶える為にバトルロイアルを繰り広げる仮面ライダー龍騎の流れを汲みます。
そして、暗闇で目だけではなく体のギミックが光仕様や、メカニックでスタイリッシュなバトル、高速で移動・攻撃ができるなどそのスタイリッシュを意識したデザインやバトル描写は後の仮面ライダーカブトを先取りしていたとも言えます。
夢を持たない主人公が時代を象徴した
本編が基本シリアスだからこそ、たまに挿入されるギャグパートの落差も大きく(このへんもこの当時の1期平成ライダーの特徴ですね)総じて、第1期と呼ばれる初期のシリアスでややハードな路線が持ち味だった時期の平成仮面ライダーの魅力的な特徴を複数有し、どれも高いレベルでまとまっているのが特徴だと思っています。
ただ登場キャラのぎすぎすしたやりとりや、胸に痛いシーンもまた多く、中盤以降やや迷走したと思える部分も見られるため、その辺で好みが別れる点があるのも確かです。
このあたりは意志ある怪人(人外もの)を扱った作品にはついて回る問題でもありますが、ストーリー的にも問題の根本は解決したのか…と言われると微妙な点もあります。(だからこそ続編が作りやすさにもつながっているのですが)
個人的には夢を持たない主人公、乾巧を筆頭にした青春群像劇的な趣がとても好きな作品なのです。この時期以降、日本の世相も経済も次第に厳しさを増していくのですが…
仮面ライダー史上初めてとも言える完全にぶっきらぼうで不愛想気味な主人公が目標も夢もない中で次第にそれを見つけてゆき、儚さを感じるラストに繋がる過程はどこか平成という時代そのものを感じさせる流れなのでした。
そういう意味でもまさにTHE平成仮面ライダーと言える作品だったと言えます。


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