人間の持つ綺麗な感情、汚い感情に正面から向き合い、懐かしさを感じる歌謡曲的な曲調と激情型ハードコアなサウンドとを融合させた、まさに日本語としてのロックの王道を行くアルバムだと思っています。THE BACK HORNの「イキルサイノウ」を紹介します。
日本語ロックの1つの到達点とすら思わせる激情バンド
日本語で表現された歌詞をロックサウンドに乗せて形にするバンドは、RCサクセション以降から伝統的に続いてきました。特に80年代バンドブーム期にデビューして、未だに熱い支持をうけるエレファントカシマシなども、その代表の最たる存在でしょう。
英語を用いない詞と、バンド内で作詞・作曲をすることが日本語ロック系の要素と言われ、はっぴいえんどがその流れに始まりと言われる事も多いのですが、そこによりロック的なステージングやロックのルーツともなるブルースやソウルとも積極的に融和していったのがRCサクセションだったと思います。
後の世代では、エレカシは文学を思わせる内省的な歌詞を日本語詞で表現しましたが、同じような流れでパンクロックから派生し疾走感のあるメロに漢詩調の歌詞を付けたイースタンユース、やはり文学的な歌詞に轟音オルタナサウンドとエモーショナルな表現を乗っけたナンバーガールなどなど
個人的にどこか日本語詞に拘りを置いて、疾走感のあるバンドサウンドと同居させようとしてる日本語ロック系等のバンドも非常に好きな系譜なのです。
そして、THE BACK HORNはその伝統的な日本語詞を武器にしたバンドの中でも一際インパクトを放つ存在感を持ったバンドでした。
伝統的な激情サウンドの系譜にありながら、新機軸を打ち出す
世に出てきた頃のBACK HORNのボーカル山田将司の白シャツに長髪を振り乱して世の中の理不尽さを説きに嘆き、時に真っ向から立ち向かうそのスタイルなどはまさにエレファントカシマシの宮本浩次を髣髴とさせました。
裸足で歌うそのスタイルは轟音サウンドに乗せて世の中の綺麗なもの、汚いものを包み隠さず歌うシンガーソングライターのCOCCOもも彷彿とさせたものでした。
また当初は兄弟バンド的に語られる事も多いバンドCOCK ROACHは東洋的なお香の漂ってきそうなサウンドに乗せて人間の根源的な性への執着や相反する残酷さも徹底して描き、ゆくゆくはそれを浄化したような世界へ行きついていましたがバンドの詩曲を支える菅原栄純の描く世界観もまたそういったどこか東洋的な死生観を根底にされている気がします。
真摯で重苦しくもありながら、どこか懐かしさも感じられるその音世界。深く重いテーマを描きながら、決してそれ一辺倒にならない引き出しの多さもあり本作ではクリスマスに連なったラブソングや青春パンクで歌われても違和感のない楽曲も披露されています。
重く・残酷な世界観を描いたのが特に初期のBACK HORNと言われる事もありますが、これ以前の作品である「人間プログラム」「心臓オーケストラ」そして本作「イキルサイノウ」を経て、自作「ヘッドフォンチルドレン」ではヘヴィーな曲と希望を持った曲が半々ほどになり。
以降は真摯な日本語ロックを奏でるバンドへとシフトしていった感があるBACKHORNですが、初期の路線を一際丁寧に総括したような作品が本作「イキルサイノウ」だった気がします。
真摯に日本人の情緒に寄り添ったサウンド
このバンドが表現しようとしている世の中の綺麗なもの、汚いものを包み隠さず歌いあげるという意味で一番その振れ幅や切れ味が強烈なアルバムだったとも思います。
前作・前々作ではどこかまだ粗々しいサウンドも魅力でしたが、本作からは音像がシャープでくっきりした印象になりました。シングルの1つになった「光の結晶」などは先に述べた、当時流行っていた青春パンクを思わせる疾走感とノスタルジックさと前向きな歌詞で、当時の彼らの新境地を切り開いたのではと思います。
しかし、アルバムの頭は底抜けに重い「惑星メランコリー」ギトギトした都会の喧騒を謡った「孤独な戦場」や捻くれた「ジョーカー」など黒い側面も健在。そして葬列と子供を対比させた死生観を打ち出した「幸福な亡骸」が転機になり。
本作の真骨頂である綺麗なものも汚いものも受け入れて、尚先に進んでいく「意思」のような楽曲となる「生命線」「赤目の路上」などはバンドの代名詞にもなりえるような曲でしょう。日本人の持つ郷愁や死生観を呼び起こす世界観です。
決してお気楽にきける類のものではないですが、日本人に馴染み安い和メロや歌謡曲にも通じるポピュラリティも感じられ、その迫真の音世界は聞いたものの心を確実にゆさぶるものではないかと思っています。
そして、最後を飾る至高のバラード「未来」で儚さすら感じさせる展開で幕を閉じる。特にこのバンドが邦画界隈で非常に好まれて映画主題歌が多かったのも、その真摯な音世界ゆえだったと感じられる渾身の1枚だと思っています。


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