ライトノベルと呼ばれる軽いタッチで漫画的な内容の書籍を扱うレーベルが登場してからも長い月日が経ちますが地味にロングセラーを続け、流行りの潮流とは一線を画し、ライトノベルの枠を超えた作品をレビューします。
黎明期のライトノベルの1つの潮流
ライトノベル黎明期の頃「ロードス島戦記」などのTRPGを下敷きとした硬派なファンタジー小説が登場し始めていました。
それ以前に銀河英雄伝説やバンパイアハンターDなどをライトノベルの走りという説もありますが、レーベルとして、ロードス島戦記などを有する角川スニーカー文化が発足したのが一つの契機だともいわれています。
その当時、角川スニーカーと対をなしていたのが富士見ファンタジア文庫でその黎明期を引っ張っていたものに「風の大陸」がありました。
滅びゆく大陸を舞台に主人公3人が織りなす大河ファンタジーですが、次第に宮廷陰謀劇やスケールの大きな国家間の群像劇の側面が強くなっていったのですがもともと、もともと読み切りとなっていた、ごく初期の頃に砂漠を旅する3人が偶然遭遇する「街」を舞台にした3篇の短編があり…
この3つが各々で街の特色もバラバラで、作者である竹川聖がもともとホラーテイストの作品を描いていた事もあり、古代の呪いや魔術などを砂漠の中に埋もれた古代都市や街を舞台にした、ホラー・ファンタジー風の短編集と言う趣もアリ、これがなんとも言えない雰囲気で凄くお気に入りだったのです。
この話は各話のストーリーを交えながら劇場版「風の大陸」でも展開されています。私はもともとスケールの大きな国家間を舞台にしたヒロイックなファンタジーよりも冒険者が遭遇するミニマルなスケールのファンタジーに惹かれる所があり。同じ冨士見ファンタジアでもソードワールド短編集などは大好きな類でした(笑)
世紀末の電撃文庫・黎明期の富士見ファンタジア文庫のハイブリッドな交差
そして、時代は流れ2000年代。エヴァンゲリオンのサブカル界隈でのブームや当時の「セカイ系」と呼ばれる作品の流行もあり、その流れはラノベ界隈にも行き渡り「ブギーポップ」シリーズなど、独特の感性を持った新しい類のファンタジー作品が出回りだしていました。
本作「キノの旅」は、そんなセカイ系と言われる要素(主人公の半径5メートル以内の人間関係で完結する展開やヒロインの存在が世界の行く末を左右するなど)こそないものの、独特の静謐で乾いたムードはセカイ系が流行していた当事のムードを引き継いだものに感じました。どことなく村上春樹的な匂いも感じます。
そして、本作は先に上げた初期の「風の大陸」や「ソードワールド短編集」に見られる1つの街や迷宮などを舞台にした短編集の集まりで、1種のオムニバスのようになっている形式の話。一つの巻の中に複数の街を巡る話が納められています。
言うなれば黎明期の富士見ファンタジア文庫の匂いと2000年ごろの電撃文庫の匂いのハイブリッドのような作風(あくまで主観ですが)個人的に非常にツボに入った雰囲気を持っていました。
良質な児童文学のような作風
主人公のキノは中世的な出で立ちですが、実は凄腕の銃使い。そして、何故か言語を喋る意思を持ったバイク…(本作の世界ではモトラドと呼ばれる)とともに各地をさすらっています。
この設定だけ見ると西部劇かハードボイルドのようですが登場する街やキャラクター達はどこか倫理観がズレたような不思議な理屈で成り立っている場所ばかり。「星新一のショートショート」や当時ブームだった「本当は残酷だったグリム童話」あるいは、様々な星を跨ぎつつどこか人間の業みたいなものを描く「銀河鉄道999」を思わせるエッセンスだとも言えます。
この静謐な雰囲気やどこか達観したようなキノのキャラなど登場した当初…2000年当時の作品独自の雰囲気も濃厚に漂わせ、それが一つの個性にもなっています。
これだけ濃密な舞台の話をコンスタントに出しつつ、何度かのアニメ化も挟みながら現在も刊行がつづいているロングランのシリーズ。眠れない夜に、小さな刺激が欲しい時に、手元にあると大変重宝する作品です。


コメント